もう30年近く前のことになります。何百ピースと仕入れた黒蝶真珠の中に、このひとつをみつけました。

突起のある真珠は特に珍しいものではなく、評価も低いことが多いものです。
ただ、その時目に留まったこの珠の突起は、すくっとまっすぐ伸びる形をしていました。
表面の凸凹もどこか像のように見え、何やらありがたい「ご神体」のように思えました。
そこで、なんとなく小さな座布団に載せ、ショーケースの隅に置いたのです。

それからずいぶんと時間が経ちました。

旧店舗、改装のための仮店舗、そして現店舗へ。
この真珠はずっと私たちの店の片隅に存在しています。

別にそれを拝むわけでも、お供えをするわけでもありません。
ただ、いつもそこにあるだけ。
意識するとしないとに関わらず、何かの折にふと目に入ります。

それでも「変わらずそこにある」ということが、何か安心感を与えてくれているような気もします。

ジュエリーの存在も、少しそれに似ているのではないかと思います。

昨今の素材価格の高騰で、ジュエリーについて「資産価値」とか「将来の換金性」とかいうことが話題になりがちです。

もちろん、そうした側面を否定するつもりはありません。

ただ、それだけではなく、手に入れたときの想いやエピソードも含めて、それを身に着けること、たとえ着ける機会が多くなくても、引き出しの中にそれがあると知っていることが、人の心を静かに強く支えてくれることもあるのではないでしょうか。

ありがたいことに30年以上の間に、たくさんのジュエリーたちが当店を旅立ってゆきました。
それらが誰かの手元で、その人の安心やささやかな心の支えとなる存在になっていれば、本当にうれしいと思います。

店の片隅には、あの小さな「ご神体」が今日も変わらずそこにあります。