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2006年6月

前回のこのコーナーで、真珠養殖を家業としていた、私の子供の頃の話を書いたところ、多くの方からいろいろな感想をいただきました。ありがとうございます。当たり前のことですが、誰にとっても、子供の頃の大切な思い出は、今を生きるうえで大きな支えになっていると、あらためて感じました。

そんなお客様との会話の中で、今まですっかり忘れていたのに、急に思い出したことがありました。

それは、小学校5,6年生の頃の、裏山に「メジロ捕り」に行ったときの思い出です。
おとりのメジロを入れた鳥かごを木の枝にかけ、その近くに「とりもち」を巻いた細長い枝をしかけて、おとりにつられてやってきた野生のメジロが、とりもちにかかるのを、ひたすら待つという、非常に単純で原始的な仕掛けです。思い出したことというのは、メジロ捕りの行為そのものではなく、メジロを待って、草むらに身を隠してじっと息を殺していたときの感覚です。かくれんぼの感覚に似ているかもしれません。

最初は集中して、仕掛けのほうを凝視しているのですが、やがて飽きてくると、風が木々を通り抜ける音や、木の葉がぱたぱたとひるがえる音、遠くの波の音がやたらと聞こえてくるようになるのです。
そして、そんな自然の音に包まれていながらも、不思議と「静寂」を感じるとき、この世にまるで自分一人きりのような、自分もまるでその森の一部になったような感覚におそわれ、ほんの短い時間それに身をゆだねます。

私は、ジュエリーのデザインを考えるとき、素材である宝石と対話することがとても大切だと思っています。「このデザインでいいかな」と宝石に問いかけたとき、静かに耳を澄まして、その返事を聞いているのは、そんな私の中の子供の心なのかもしれません。

(KAWABE JEWELRY通信Vol.52 2006/6発行に掲載分

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